VR zone 新宿を解剖してみた Part 2


人がVRに興味を持ち、魅了される理由を考察する。

 

VR Zone 新宿は、確かに従来のゲームセンターとは、一線を画していた。

絶叫や笑い、興奮など、そこには様々な感情が入り乱れ

見たこともない光景が広がっていた。

ここで、ふと思った。

 

 

なぜ、マリオカートVR にあんな行列ができるのだろうか?

 

みんな、マリカーしたくて並んでいたのか?

 

 

 

本当にそうか?

そうかもしれないけど、いやきっと違う、そうじゃない。

じゃあなんでだろう?

 

 

 

私達が、このネット社会時代に、求めている物とは?

 

 

 

私たちはネット社会の発展により、一瞬で様々な情報を入手でき

スマホ1つでほぼ全ての娯楽・快楽にアクセス可能となった。

 

一方で、どれだけ便利な世の中になったとしても

私たちが、容易には、手に入れることができない物がある。

 

 

「 体験 」である。

 

 

気づいているだろうか?

私たちはもはや商品の中身だけでは、満足できなくなっている。

良い商品を作るだけで、消費者が買う時代は終わった。

商品に何かしらの、思い出 や 体験 がついてなければ、売れないのである。

 

 

 

実例では、私達は1500円の文庫本は高くて買わないが

1500円の外国旅行に行った時のお土産は、喜んで買う。

このように、私達の行動パターンは

「作品」にはお金を出さないが、「思い出」にはお金を出すようである。

 

 

 

人は「体験」に流れ

その「体験」を家族や友達と共有するべく

SNSへアップしたり、お土産を買ったりする。

 

 

 

現状、ほとんどの娯楽はスマホで事足りる。

スマホがカバーしていない娯楽となると

あとは体験くらいしか残らないのだ。

つまり、体験のない娯楽では、スマホに勝てないのだ。

 

 

 

 

 

VR Zone新宿 と ゲームセンターの違いとは?

 

VR Zone の生みの親、田宮氏は

ゲームとVR の違いを、こう表現している。

 

 

ゲームは旅行番組を見るようなもので、VRは旅行に行くようなものである。

 

 

従来のゲームは、3人称視点から、感情移入して楽しむものであったが

VRは1人称視点から、自ら体験して楽しむ、全く別のものである。

 

 

 

では、もう一度、マリオカートVRについて考えてみる。

 

昔から、私たちはマリオカートで遊んできた。

スーパーファミコン、任天堂64などのマリオカート作品に感情移入し

感動体験を得てきたのである。

 

 

しかし時代は変わり、私達はマリオカート作品だけでは満足ができなくなってきた。

情報は洪水のように溢れ、娯楽へのアクセスが変化した社会で

私達が今必要とするものは、特別な思い出 や 体験である。

 

 

VRは、非現実的な世界への没入を可能にし

私達に1人称の 特別な感動体験 を供給することに、成功した。

マリオカートVRは、純粋な作品の楽しさに加えて

自分がマリオカートを運転している!という体験を可能にさせたのである。

 

 

では次回、医師の視点から

医療におけるVR は今後どうなっていくのかを、考察する。

 

 

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